何かを繰り返し行い、何度試してもできないなどめげることがある。
いやになるものです。
自分も、油断するとそこに近づく感情を自覚し、はっとなる。
そんな時、最も肝心なことは何だろうか。
「あきらめないこと」?
「方法を新たに考え直し、工夫すること」?
「一時、その内容を放っておき、後で再度繰り返す」?
もっといろいろあるだろう。
いろいろ考えられるが、今、自分の中で意識し、それを信じて行っている
ことが他に一つだけある。
その言葉や表現は何気なくて、簡単で、でももっと根本的な内容である。
感情的にならぬこと、つまり、「冷静でいること」
これがなかなかできない。
いらいらしストレスになったり、人やものにあたるなどするかもしれない。
これが最も避けるべきことだ。
なぜなら、一端その方に向かい、そこに行ってしまった感情はなかなか戻すことが
困難であり、結局、今目の前で必要としていることへの集中ややる気などが
一瞬でかき消されてしまうのである。
そうなったら、元の価値ある意識になるには相当の時間やエネルギーがかかってしまう。
そのようになることを事前に想定し、「まぁ、こういうときもあらぁなぁ」と、冷静に処置する。
これは頭で理解していても、それでも実際には難しいもの。
でも、この状態をなんとしても「習得」すべきだ。
そうすると面白いことに、普段、何があっても感情的になることが少なくなり、
落ち着いた状態を保てる。
気分も良好。 物事もはかどる、ということ。
この「感情のコントロール」こそ、最も大事な手法だと感じている。

最近よく思うことがあります。
自分の仕事、日常生活、その他全てにおいて、感じ方とらえ方一つで、どういう方向にでも
向かえると。
自分の場合、「声楽の道」を究めるべく日々踏ん張っているが、「あきらめないで進む」とか
「いかに冷静に物事を判断するか」とか考え行動することは、
全て、「自分の生き方そのものがどうありたいのか」への思いの集約にすぎないと。
どの場面でも、全て「自分」の表れ、なんですね。
声楽の学びであくせくすることも、自分の人生の中のほんの一こま。